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劉安(前179~前122)

淮南子 『淮南子』は、前漢の武帝の頃、淮南王劉安が学者を集めて編纂させた思想書。日本へはかなり古い時代から入ったため、漢音の「わいなんし」ではなく、呉音で「えなんじ」と読むのが一般的である。『淮南鴻烈』ともいう。劉安・蘇非・李尚・伍被らが著作した。

テグデル(不明~1284)

即位と治世 翌月の6月21日に再度王族、諸侯、諸将からの忠誠の誓約によって玉座につき、イスラームを信奉していたことにより、スルターン・アフマドと称することが宣言された。テグデルは即位すると、自らのイスラームに対する信奉を内外に表明することに努め、マムルーク朝のスルターン・カラーウーンに親書を送ってこれと友好を築こうとし、バグダードのモスクやムスタンスィリーヤ学院などの諸所のマドラサにワクフなどの多大な寄進を進めた。また、讒訴によって投獄されていたバグダードの長官アラーウッディーン・アターマリク・ジュヴァイニーを釈放して再びバグダードの管理を任せている。これらのためアルメニアやネストリウス派などの国内のキリスト教勢力や仏教勢力は保護年金の打ち切りや、寺院などのモスクに改修する命令などが出されたと伝えられている。

ヨシヤ(不明~前609)

ユダヤ教改革者としてのヨシヤ 8歳で即位したが、16歳頃にユダヤ教徒にとっての神ヤーウェを求め始め、20歳頃からの規範的ヤーウェ信仰以外の宗教信者の崇拝崇敬する像を偶像と侮蔑して取り除き始めた。長じてユダヤ教の改革を通した国家の再建を志し、規範的ヤーウェ信仰以外の宗教の信者を弾圧し、その神々の像を偶像と侮蔑して破壊するなど、ヤーウェ信仰国家としてユダ王国の路線を再確立し、申命記改革と呼ばれる大規模な改革を行った。このことから旧約聖書の中では優れた王として描かれる。祭司ヒルキヤが改革を助けた。

ヘンリー・コート(1740~1800)

反射炉を利用したパドル炉 反射炉の特徴は、火床と炉床が分離しており、燃料と接触することなく銑鉄を溶解・精錬することができ、石炭を用いても硫黄が鉄に混入する畏れがなくなったことにある。パドル炉で抽出された鉄塊を鍛造・成形する工程でも水力を利用していた「はねハンマー」から、蒸気機関を動力とした「圧延機」が用いられるようになった。

ヨハン・パッヘルベル(1653~1706)

カノン ヨハン・パッヘルベルのカノンは、ドイツの作曲家ヨハン・パッヘルベルがバロック時代中頃の1680年付近に作曲したカノン様式の作品である。「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」の第1曲。この曲は、パッヘルベルのカノンの名で広く親しまれており、パッヘルベルの作品のなかで最も有名な、そして一般に知られている唯一の作品である。しばしば、クラシック音楽の入門曲として取り上げられる。また、ポピュラー音楽において引用されることも多い。卒業式や結婚式、離任式のBGMとされることもある。

杉浦重剛(1855~1924)

日本人 言論団体政教社の機関誌である。同社は、志賀重昂、棚橋一郎、井上円了、菊池熊太郎、三宅雪嶺、辰巳小次郎、松下丈吉、島地黙雷、今外三郎、加賀秀一、11名の同人により1888年4月結成され、同月『日本人』誌を創刊した。間もなく、杉浦重剛、宮崎道正、中原貞七が加わった。半月刊ないし週刊だった。創刊早々、高島炭坑の抗夫虐待問題でキャンペーンを組み、国会の大臣弾劾権問題を特集した。

花柳章太郎(1894~1965)

歌行燈 恩地喜多八は能のシテ方宗家の甥であったが、謡の師匠宗山と腕比べを行い自殺に追い込んだために勘当される。宗山には娘お三重がいたが、親の死によって芸者となっていた。肺を病み流浪する喜多八は偶々お三重と会い、二度と能をしないとの禁令を破ってお袖に舞と謡を教える。