治世
エーリクは、ルンド近郊のケーヴリンゲヴェーゲンに位置するラーバックシャレンという地で開催されたスコーネ議会においてデンマーク王位就任を宣言した。その後、エーリクはルンドを首都とした。フォテヴィクでの圧倒的な勝利により、エーリクは「兎足」に代わり「銘記王」というあだ名で呼ばれるようになった。一方、異母兄ハーラル・ケシャもデンマークに戻り、シュレースヴィヒのウアネホーゼで対立王への即位を宣言した。エーリクはハーラル・ケシャを追い詰め、ハーラル・ケシャとその息子たちを殺害したが、ハーラルの息子のうちオーロフ・ハーラルセンだけがエーリクの追撃を張り切って逃げ延びたという。
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