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投稿

安倍泰親(1110~1183)

指御子 泰親は占術や天文密奏の分野において優れた才能を発揮するなど当代屈指の陰陽師となり、鳥羽法皇・後白河法皇の治天の君に仕えて後白河法皇のために毎月の泰山府君祭を行い、藤原頼長・兼実からも信頼されて摂関家にも奉仕した。頼長・兼実の日記である『台記』・『玉葉』には泰親がしばしば登場し、頼長は陰陽書によれば占いにおいて10のうち7当たれば「神」と称されるが、泰親は10のうち7・8を的中させ他人には真似が出来ないこと、占道は未だに地に墜ちず人が存在する、と泰親を高く評価している。日記・説話集・軍記物などにおいて、泰親に関する逸話が多く伝えられており、1148年の内裏火災や1172年の斎宮惇子内親王の急逝、1179年の政変、1180年の以仁王の挙兵などを予言したとされている。『平家物語』・『源平盛衰記』には泰親を「指御子」と称している。また、泰親の日記の一部が現存しており、泰親および天文博士を継いだ次男業俊による天文異変の記録とその解釈、天文密奏の内容などが書きとめられており、当時の天文道の内容を知ることができる。
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ウィンター兄弟(兄1568~1606、弟1571~1606)

火薬陰謀事件~計画準備とロバートの加入~ 一味は計画のためにロンドン市内のプリンス・チェンバーにもほど近い不動産を借りた。この場所はテムズ川を挟んで対岸にケイツビーが所有するランデスのアジトがあり、ここから火薬や物資を川を渡って密かに運び入れた。後の当局の発表によれば、この拠点では貴族院地下に向かってトンネルを掘り始めたが、その後、直接貴族院地下室を借りることができたためにトンネル計画は放棄されたという。

鶴見祐輔(1885~1973)

戦時下の政界復帰 1937年1月、永田秀次郎らと宇垣一成内閣成立に参画するも、陸軍の反対に遭って失敗。同年4月、衆院解散を受けて行われた衆院選では岩手第2区から立候補し、当選。同年5月、民政党岩手県支部長。同年12月、人民戦線派の一斉検挙で逮捕された姪の石本静枝の釈放に尽力した。同月、国民使節として渡米し、中学を中退していた俊輔を同行させる。

ヘンリー・エイヴリー(1659~1696)

海賊史に残る掠奪 スペインを脱出したエイヴリーは西アフリカで活動後インド洋を目指して喜望峰を周り、たどり着いた先のマダガスカルやコモロ諸島でクルーの引き抜きと装備の補給を行った。エイヴリーは財宝を求めて紅海のアデン湾に位置するグアルダフィ岬にやってきたところ、偶然ムガル帝国の船を襲撃するためにこの海域を訪れていた海賊トマス・テューの船団と遭遇する。

新川和江(1929~2024)

名づけられた葉 ポプラの木にはポプラの葉何千何万芽をふいて緑の小さな手をひろげいっしんにひらひらさせてもひとつひとつのてのひらに載せられる名はみな同じわたしもいちまいの葉にすぎないけれどあつい血の樹液をもつにんげんの歴史の幹から分かれた小枝に不安げにしがみついたおさない葉っぱにすぎないけれどわたしは呼ばれるわたしだけの名で朝に夕にだからわたし考えなければならない誰のまねでもない葉脈の走らせ方を刻みのいれ方をせいいっぱい緑をかがやかせてうつくしく散る法を名づけられた葉なのだから考えなければならないどんなに風がつよくとも

ネッド・ケリー(1855~1880)

ネッドの活躍 ブッシュレンジャーとなったネッドは他のブッシュレンジャーがそうであるように、強盗を続ける。しかし、他のそれと一線を画したのは略奪の対象であり、その手口だった。彼らは貧しい存在には手を出さず、それどころか紳士的に振舞った。強盗に際しても相手を無闇に射殺することはなく、事実、彼らが殺害した相手は警官と裏切り者一人に限定されている。ネッドが強盗の際に着用した頭部全体を包むような円筒のヘルメットと体の各所を守る甲冑は、富裕層には恐怖の対象であり、貧しい民衆からは敬慕の対象であった。

谷川俊太郎(1931~2024)

春に この気もちはなんだろう目に見えないエネルギーの流れが大地からあしのうらを伝わってぼくの腹へ胸へそうしてのどへ声にならないさけびとなってこみあげるこの気もちはなんだろう枝の先のふくらんだ新芽が心をつつくよろこびだしかしかなしみでもあるいらだちだしかもやすらぎがあるあこがれだそしていかりがかくれている心のダムにせきとめられよどみ渦まきせめぎあいいまあふれようとするこの気もちはなんだろうあの空の青に手をひたしたいまだ会ったことのないすべての人と会ってみたい話してみたいあしたとあさってが一度にくるといいぼくはもどかしい地平線のかなたへと歩きつづけたいそのくせこの草の上でじっとしていたい大声でだれかを呼びたいそのくせひとりで黙っていたいこの気もちはなんだろう