明治製菓成立 相馬は明治製糖の社長に就任すると、経営の多角化に乗り出した。1916年に日本グリスリン工業株式会社、日本原毛株式会社、大正製菓株式会社を次々と設立する。
近代外科学の祖 1537年、パレは軍医として従軍したフランス軍のトリノ遠征で兵士の治療にあたっていた。当時銃創の治療には煮えたぎった油を傷口に注ぐという治療法が一般的であった。ある日怪我人が多く油を使い切ってしまった。そこで急遽パレは間に合わせの軟膏を用い治療を行なった。従来と違う治療を行なったパレは一晩中神に祈っていたとも、不安で眠れなかったとも伝えられる。しかし、時間経過とともに煮沸油よりもこの軟膏による治療の方が苦痛が少なく予後も良いことがわかり、パレは次第にこちらの治療に切り替えた。兵士からも受け入れられ、パレの名声は高まった。こうした現場における試行錯誤の結果、銃創治療以外にも血管を直接糸で縛って止血する血管結紮法を編みだすなど外科治療を変革し「近代外科学の祖」と讃えられている。1582年に発行した『大外科学全集』により名声を確立した。有名な言葉に「我包帯す、神、癒し賜う」という言葉が残っている。一方で寄生虫の体内発生説を信じていた一面もあった。