スキップしてメイン コンテンツに移動

鮫島尚信(1845~1880)

旧薩摩藩士
ハリスは王政復古後の日本政府で働くことを勧めたので鮫島は森有礼ともに帰国することとし、翌1868年、両名は日本に到着した。長沢鼎のみは、アメリカに残り、ブドウ栽培に携わった。同年10月、外国官兼判事、東京府判事などを経て、翌年7月に東京府権大参事となり、1870年8月に外務大丞、同年の欧州差遣、小弁務使を経て、1871年にロンドンに着任した。1872年、中弁務使に進んだのちパリに着任し、弁理公使、特命全権公使と昇進した。この間、お雇い外国人のフレデリック・マーシャルとともに若い日本の外交官向けに『Diplomatic Guide』を作成した。1874年4月、帰国。翌年に外務省の次官である外務大輔となった。

コメント

このブログの人気の投稿

ベルンハルト・リーマン(1826~1866)

リーマン面 数学、特に複素解析においてリーマン面とは、連結な複素1次元の複素多様体のことである。ベルンハルト・リーマンにちなんで名付けられた。リーマン面は、複素平面を変形したものと考えられる。各点の近くで局所的には、複素平面の部分に似ているが、大域的位相は大きく異なり得る。例えば、球面、トーラス、または互いに糊付けした二枚の面のように見え得る。

リー・ハーライン(1907~1969)

星に願いを 輝く星に心の夢を祈ればいつか叶うでしょうきらきら星は不思議な力あなたの夢を満たすでしょう人は誰もひとり哀しい夜を過ごしてる星に祈れば淋しい日々を光照らしてくれるでしょう

和島誠一(1909~1971)

和島誠一賞 文化財保存全国協議会が2000年に制定した和島誠一賞は、文化財の保護や活用・普及に貢献した個人および団体を表彰している。第1回受賞者・受賞団体は直木孝次郎と大分県文化財保存協議会。