映画業界への参入
1906年にコンチネンタル・ファッション・カンパニーを退職し、シカゴでニッケルオデオンの盛況ぶりを見て興行業を始める。レムリはトーマス・エジソンが映画配給の独占を企図したモーション・ピクチャー・パテンツ・カンパニーへの抵抗を始め、メアリー・ピックフォードやフローレンス・ローレンスなどの俳優の宣伝を手掛けて収益力を高め、独立企業としての力を蓄えていった。妻の死後、レムリはニューヨークに移住して1909年には全米一のエクスチェンジ業者レムリ・フィルム・サービスを設立し映画配給を始めた。次いで映画製作会社インディペンデント・ムービング・ピクチャーを設立した。
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