国家発展
トリクピスは列強の変化によって教訓を得て、政府が確立したギリシャの国境線を後退させる政策を続けたが、テオドロス・ディリヤンニスを中心とする反トリクピス派の最大勢力である民族党は、事あるごとにギリシャ国民の反オスマン帝国感情を煽ろうと画策した。1885年にブルガリア人が東ルメリ自治州でオスマン帝国の支配に対して反乱を起こし、自治州とブルガリア自治公国の合併が宣言された際、民族党に機会が到来した。ディリヤンニスは「ブルガリア人がベルリン条約を反故にするなら、ギリシャ人もそうしなければならない」と発言して、同年の選挙でトリクピスを押して勝利を収めた。
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