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ロヴィーサ・ウルリカ・アヴ・プロイセン(1720~1782)

ハンブルク条約
1756年に勃発した七年戦争にスウェーデンは反プロイセン側で参戦した。これにはポメラニアの奪回の他、プロイセン王フリードリヒ2世の妹に対する懲罰の意味も含まれていた。しかしスウェーデンは敗戦を重ね、西ポメラニア北部のリューゲン島に押し込まれてしまった。しかも戦争はプロイセン優位に帰し、スウェーデンの敗北は明らかとなった。議会は結局ロヴィーサに懇願し、兄フリードリヒに対する和解を申し出た。ロヴィーサの仲介により和議は成立し、スウェーデンは領土変更なしの和平合意に達した。

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