人口論
洪亮吉は『治平篇』という著作の中で中国の人口増加について述べている。清朝は人口が急激かつ大量に増加した時代で、1651年から1661年の間では1億ほどだった人口が、1785年から1791年の間では3億に達している。洪亮吉は田地の増加に追いつかないことを述べ、「田地は常に不足し、戸数は常に余っている」と述べている。人口問題に関心がなかった当時、この問題の重大性に気づいた彼の慧眼がうかがえよう。洪亮吉の人口論は、偶然にもトマス・ロバート・マルサスのそれと内容が符合していたが、彼の『治平篇』は1793年に完成しており、マルサスの『人口論』の完成の5年前のことであった。
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