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源義高(1173~1184)

清水冠者
義高は信濃の名族の子弟である海野幸氏や望月重隆らを伴い、頼朝の長女・大姫の婿という名目で鎌倉へ下った。同年7月、義仲は平氏を破って入京する。しかし義仲は京を治めることに失敗し、後白河法皇とも対立する。頼朝は都に源範頼と源義経を代官とした義仲追討軍を派遣し、1184年1月、義仲は宇治川の戦いで追討軍に敗れ、粟津の戦いで討たれた。

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