東京都知事
1995年、参議院議員を辞職し、東京都知事選挙に無所属で出馬することを表明する。当初は、内閣官房副長官として7人の内閣総理大臣を補佐し、自民・自由連合・社会・公明4党からの推薦、新党さきがけからの支持を受けていた石原信雄の当選が有力視され、5選不出馬により勇退する鈴木俊一も事実上、石原を後継に考えていた。しかし青島は、開発が進む臨海副都心地区で開催が予定されていた鈴木肝煎りの世界都市博覧会の中止を公約に掲げ、石原や大前研一、岩國哲人、上田哲ら有力候補を破り、170万0933票を獲得して圧勝する。石原の落選は、「国民の政党に対する不信感の表れ」のまさしく象徴的な出来事であった。
コメント
コメントを投稿