中央政界での出世
1952年10月に党中央委員会委員となる。1953年3月5日のスターリンの死後、軍需省と航空産業省が統合されて国防工業省が創設された際には新たに国防工業相に任命され、フルシチョフ政権で引き続きソ連の軍産複合体を統括することとなった。1957年12月にロケット・兵器・原子力産業担当の閣僚会議副議長となり、ミサイルやロケットの開発を推進した。1961年、ユーリ・ガガーリンによる人類初の宇宙飛行を成功させた功により、再度「社会主義労働英雄」の称号を得た。1963年3月に閣僚会議第一副議長となり、軍需の他に民間工業も担当した。
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