ローマとアルメニアの文献
ローマとアルメニアの情報源では異なる説明が見られる。ローマの歴史家アガティアスとゲオルギオス・シンケロスによれば、サーサーンはアルダシールの実の父親であり、パーパクは継父であった。アルメニアの著述家モブセス・ホレナツィとアガサンゲロスも同様にサーサーンをアルダシールの父と呼んでいる。但し、パーパクについては何も言及していない。アガサンゲロスの作品のギリシャ語版では、アルダシールは「ササヌスの息子であり、ササヌスは彼の子孫であるペルシアの王たちの王朝であるサーサーン朝の名の由来である」と記されている。
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