結婚
1914年、カロルの死によりフェルディナンドとともに国王・王妃となったが、第一次世界大戦のために戴冠は1922年まで待たねばならなかった。マリアは熱烈なルーマニア愛国主義者となり、意志が弱くて周囲に流されやすい夫の代わりにルーマニアを統治した、とまで言われた。戦争中は赤十字社にボランティアで加わり、負傷者の看護をした。1917年、国土の半分はドイツ軍により踏みにじられ、マリアと軍の助言者グループは、ロシアに与するよりもルーマニア軍は独立してドイツ・ロシアの両方と戦うべきだという選択をした。これには、アメリカから資金援助が得られた。
コメント
コメントを投稿