日活へ
同年8月、当時日活の装置部にいた波多野安正から日活京都撮影所の女優採用試験を受けるよう薦められ、同撮影所に入社する。池永浩久撮影所長から「ちどりなんて、波間に漂っている宿無し島で縁起が悪い。静浦の浦を残して浦辺、それに本名のくめは縁起がいいから、子をつけて粂子」と改名を言渡され、芸名を浦辺粂子とした。同年公開の尾上松之助主演『馬子唄』がデビュー作となり、日活旧劇女優とては岩井咲子に続く第2号ということになったが、ついた役は女中や腰元ばかりであった。同年11月、日活向島撮影所が閉鎖され、向島の所属者が京都撮影所に合流して、第二部の名称で現代劇部が設立されると、浦辺も第二部へ移る。
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