博覧会
オスカルはミュンヘンポリテクニクムで建築学を専攻していたし、初めての仕事も土木業だった。しかし電気学の興隆を察知して研究するようになり、1881年のパリ国際電気博覧会ではエミール・ラーテナウと知り合った。刺激されたオスカルはミュンヘンでも博覧会を主催してしまい、マルセル・ドプレの57km を超える交流送電を演出した。1883年にラーテナウと仕事をすることになり、ドイツエジソン社のマネージャーとなった。1890年に自分の電気店を構えた。翌年、フランクフルトの国際電気博覧会を世話した。そこではミハイルの三相交流が176km の長距離にもかかわらずエネルギーを変換効率3/4をキープした。
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