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オーギュスト・ジャン=ガブリエル・ド・コランクール(1776~1812)

ボロジノでの活躍
ボロジノの戦いで、コランクールは突撃中に戦死したモンブラン将軍の重騎兵師団を引き継いだ。ミュラ元帥は彼は「角面堡を重騎兵で制圧せよ」と命令を下した。コランクールは意気消沈している味方を大喝し、士気を一気に上げると、そのままロシア歩兵の大軍に向かって正面突撃を仕掛けた。ロシア歩兵は次々と切り倒され、ついに退却を始めた。その後、急いで馬首を繰って角面堡の背後に回り、間髪入れずに守備隊を猛襲した。守備隊はこの「通説を覆す」騎兵突撃に大いに動揺したものの、陣形を崩さず一斉射撃を行った。この時に先頭を駆っていたコランクールは戦死した。しかし、もはや守備隊には彼らを止める術が無かった。重騎兵隊はついに守備隊を壊滅させ、後続の胸甲騎兵部隊と共に角面堡を占領した。さらにウジェーヌ公の歩兵師団が増援として送り込まれ、勝負は決定的となった。この活躍により今までロシア優勢だった戦況は一時的に大きくフランス側に傾いた。

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ベルンハルト・リーマン(1826~1866)

リーマン面 数学、特に複素解析においてリーマン面とは、連結な複素1次元の複素多様体のことである。ベルンハルト・リーマンにちなんで名付けられた。リーマン面は、複素平面を変形したものと考えられる。各点の近くで局所的には、複素平面の部分に似ているが、大域的位相は大きく異なり得る。例えば、球面、トーラス、または互いに糊付けした二枚の面のように見え得る。

エイブラハム・ダービー1世(1678~1717)

ダービー父子~父、ダービー1世~ 父のダービーはブルストルで鋳物製造を行っていたが、砂型鋳物製造の特許を取り、事業を安定させ、1709年に石炭をコークス化して燃料として用い、鉄鉱石を熔解する高炉を成功させた。コークスは石炭を蒸し焼きにしてつくり、香炉の中で鉄鉱石と一緒に入れて燃やすと、不純物を除去することができる。また高炉はつねに高温を保たなければならないが、そのために従来は「ふいご」が使われていたがダービーは送風シリンダーを考案し、その問題も解決した。こうして本格的な製鉄業を興し、鍋などの生活用具からニューコメンの蒸気機関用の部品まで製造し、事業を成功させた。

度会家行(1256~1351)

伊勢神道 鎌倉時代末期に、それまでの両部神道や山王神道などの本地垂迹説とは逆に、反本地垂迹説が勃興するようになり、その影響で、伊勢神宮の外宮の神官である度会家行によって、伊勢神道が唱えられた。伊勢神道は、『神道五部書』を根本経典とする。また、儒教・道教思想の要素も含まれた最初の神道理論とされる。伊勢神道は、元寇により日本が神国であると再認識し、日本における唯一絶対の宗教は神道であるとする勢力から支持され発展した。日本書紀によると、倭姫命は11代垂仁天皇の皇女で、天照大神の御杖代として各地を巡行し、伊勢の地で神宮を創祀した。「神道五部書」と呼ばれる伊勢神道の根本史料の一つ『倭姫命世記』に、度会郡を中心とする倭姫命の足跡が数多く記されている。