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北白川宮能久親王(1847~1895)

明治時代
1869年9月4日に処分を解かれ、伏見宮に復帰し終身禄三百石を賜った。この頃は幼名の伏見満宮で呼ばれた。1870年10月10日に熾仁親王との同居を命じられ、閏10月28日には太政官に対してイギリスへの海外留学を願い出ている。11月4日には宮号を称することが認められ、能久の諱に戻った。12月にプロイセン留学に出発した。留学中の1872年3月、早世した弟の北白川宮智成親王の遺言により北白川宮家を相続した。

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