マイソール王国との戦い
1761年のパーニーパットの敗戦後、マラーター王国の監視が南インドに及ばなくなった結果、同年にカルナータカ地方のマイソール王国ではムスリム軍人ハイダル・アリーが王国の実権を掌握した。ハイダル・アリーは強大な支配者で、マイソール王国の領土拡大をめざし、1763年にはケラディ・ナーヤカ朝を滅ぼし、南インドの制圧に乗り出した。1764年1月にハイダル・アリーがトゥンガバドラー川を越えてマラーター領に侵攻したため、マーダヴ・ラーオはこの動きを見て、同年2月に大軍を率いてマイソール王国へと遠征に向かった。
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