改易~大久保長安事件~
1613年1月8日には山口重政が幕府の許可無く忠隣の養女を、子の重信に娶らせたとして改易になっている。この件は忠隣の発言として、以前に養女の実祖父・石川家成が婚姻の件を伝え許可を得たため、改めて自身が許可を得る必要は無いとして、秀忠の許可を得ようとしなかったとある。幕府の決定を受けた忠隣は同月15日に甚だしく腹を立てたとあり、翌日に子と共に江戸城へ出仕している。また、同年4月には与力の大久保長安の死後、その不正蓄財が露見したことに関連して、長安の子が切腹させられる事件が発生している。
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