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朽木元綱(1549~1632)

朽木越え
1570年の朝倉攻めにおいては松永久秀の説得を受けて織田信長の京都撤退を助け、後に信長に仕え信長麾下として磯野員昌、その追放後は津田信澄に配されているが、1579年には代官を罷免されているので、信長からは厚遇されていなかったようである。信長の死後は豊臣秀吉に仕え、伊勢安濃郡・高島郡内の蔵入地の代官に任ぜられ、小田原征伐にも参加、1595年に秀吉から高島郡9203石2斗を安堵されている。

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