幕府軍
1867年、幕府軍の遊撃隊頭取並に任じられ、将軍・徳川慶喜の上洛に警護役として同行。大坂玉造臨時講武所剣術師範となる。しかし同年、大坂城での軍議で戊辰戦争の開戦に反対し、開戦派の幕府軍人と対立して幕府軍を離脱。幕府軍人に命を狙われることとなり、士学館の高弟数名とともに大雪の夜、南河内の幸雲院という寺に落ち延びる。翌1868年1月27日に鳥羽・伏見の戦いが開戦。幕軍は敗れ、大坂城は炎上し、京坂は官軍に占領された。同年5月、幕府から桃井に彰義隊への入隊勧誘があったが、これを断り、逆に官軍からの要請で川崎東照宮境内に道場を建て、大坂の治安維持に当たる薩摩・長州・芸州の兵に撃剣を指導した。
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