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ワスカル(1490~1532)

内戦の経過
ワスカルはワイナ・カパック死亡時にクスコにいたため、アタワルパが現在エクアドルとして知られている遠隔の地にいた間に首都で軍隊を組織化することができ、内戦当初は優勢であった。帝国の大半を押さえたワスカルは大軍と共に北に侵攻し、間もなく最初の戦いの1つでアタワルパを捕らえたため、多くの血を流すことなしに戦争は終結するように見えた。しかし、アタワルパは少女の助けにより幽閉状態から脱走し、軍隊を組織し、3年間の兄弟との戦争に勝ちを収めた。皇位請求のため帝国北部からクスコへの進軍の途中、カハマルカでの露営時にアタワルパはスペイン人のコンキスタドールであるフランシスコ・ピサロと出会い捕らえられた。間もなくワスカルは彼自身の従者によって暗殺され、アタワルパは兄の殺害を命令したとして、スペイン人により死刑となった。しかし、ワスカルの死についてアタワルパが関与した証拠はない。

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ベルンハルト・リーマン(1826~1866)

リーマン面 数学、特に複素解析においてリーマン面とは、連結な複素1次元の複素多様体のことである。ベルンハルト・リーマンにちなんで名付けられた。リーマン面は、複素平面を変形したものと考えられる。各点の近くで局所的には、複素平面の部分に似ているが、大域的位相は大きく異なり得る。例えば、球面、トーラス、または互いに糊付けした二枚の面のように見え得る。

エイブラハム・ダービー1世(1678~1717)

ダービー父子~父、ダービー1世~ 父のダービーはブルストルで鋳物製造を行っていたが、砂型鋳物製造の特許を取り、事業を安定させ、1709年に石炭をコークス化して燃料として用い、鉄鉱石を熔解する高炉を成功させた。コークスは石炭を蒸し焼きにしてつくり、香炉の中で鉄鉱石と一緒に入れて燃やすと、不純物を除去することができる。また高炉はつねに高温を保たなければならないが、そのために従来は「ふいご」が使われていたがダービーは送風シリンダーを考案し、その問題も解決した。こうして本格的な製鉄業を興し、鍋などの生活用具からニューコメンの蒸気機関用の部品まで製造し、事業を成功させた。

度会家行(1256~1351)

伊勢神道 鎌倉時代末期に、それまでの両部神道や山王神道などの本地垂迹説とは逆に、反本地垂迹説が勃興するようになり、その影響で、伊勢神宮の外宮の神官である度会家行によって、伊勢神道が唱えられた。伊勢神道は、『神道五部書』を根本経典とする。また、儒教・道教思想の要素も含まれた最初の神道理論とされる。伊勢神道は、元寇により日本が神国であると再認識し、日本における唯一絶対の宗教は神道であるとする勢力から支持され発展した。日本書紀によると、倭姫命は11代垂仁天皇の皇女で、天照大神の御杖代として各地を巡行し、伊勢の地で神宮を創祀した。「神道五部書」と呼ばれる伊勢神道の根本史料の一つ『倭姫命世記』に、度会郡を中心とする倭姫命の足跡が数多く記されている。