スキップしてメイン コンテンツに移動

佐川官兵衛(1831~1877)

幕末
1868年1月、鳥羽・伏見の戦い後は会津に戻って越後戦線へ出陣したが、戦況が不利になると奥羽越列藩同盟諸藩とともに戦線を離れて会津へ帰還し、若年寄、のちに家老に進んだ。会津戦争では、8月29日に精鋭約1,000人を率いて城外出撃の指揮官を任じられたが、出陣前夜に藩主から賜った酒に酔い、早暁に出撃が遅れて敗北を喫した。だが、9月5日の材木町の戦いでは、少数の兵で新政府軍を破り、鶴ヶ城への糧道を確保した。戦後は藩主や家老、若年寄とともに東京で謹慎した。

コメント