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エリーザベト(1837~1898)

普墺戦争敗北
特にエリーザベトが心安らぐ最高の場所としたのは、当時オーストリア帝国の一部であったハンガリーであった。ゾフィー大公妃がマジャル人嫌いだったこともあり、エリーザベトは死ぬまでハンガリーを熱愛し続けた。その熱意は勉強嫌いの彼女が、短期間でハンガリー語を身につけ、皇帝とハンガリー貴族の通訳を出来るほどであった。穏健独立派のハンガリー貴族ジュラ・アンドラーシ伯爵と知り合い、1866年の普墺戦争敗北を受けて、翌1867年にハンガリーの自治権を認めたアウスグライヒを締結するにあたっては陰の推進者の役割を果たした。アンドラーシはアウスグライヒ後のハンガリー王国の初代首相、帝国外相となる。

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