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ルイ・ピエール・ド・モンブリュン(1770~1812)

再びスペインへ
1811年5月5日に勃発したフエンテ・デ・オニョロの戦いでは、2,400騎の竜騎兵の先頭に立ち、草原を疾駆、英葡連合軍右翼を側面から猛襲した。これにより右翼軍の中核を占める英軍第7師団は窮地に陥り、連合軍の戦力は一時的に大きく弱体化した。しかし、ベシェール元帥が増援部隊の派遣を渋った為、最後に押し切ることが出来ず、さらに敵軍の精鋭増援部隊が続々と到着した為、次第に戦線は膠着した。その為、モンブリュンは英軍第7師団の退却をみすみす許すこととなった。

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