僧綱制
のち624年に、日本で最初の僧正に任命された。この年ある僧が斧で祖父を殴る事件が起こり、天皇はその僧だけでなく諸寺の僧尼を処罰しようとした。この時観勒は上表して、日本に仏教が伝来してまだ百年にならず、僧尼が法を学んでいないことからこのようなことが起こったとし、件の僧以外は罰しないよう求めた。天皇はこれを許し、この時に初めて僧正・僧都の制を定め、観勒を僧正に任じたという。僧都には鞍作徳積が任じられている。僧正、僧都という名称は中国南北朝に始まった仏教統制機関のうち南朝系のそれを踏襲しているが、これは観勒の出身である百済と中国南北朝との関係の深さからであろうといわれる。
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