孫輔伝
孫策の弟の孫権は周泰を気に入り自分の配下に貰い受けた。197年、孫策が六県の山越征伐に赴き、孫権が丹陽の宣城に住んでいる。以前、孫策は江東を平定すると袁胤を逐った。袁術は孫策を深く怨み、陰かに間者を遣って印綬を丹陽の宗帥である陵陽の祖郎らに与え、山越を煽動して大いに手勢を合わせ、共に孫策勢力を攻囲させた。兵士が少なく油断しきっていたところを山越の反乱軍に急に襲われて命の危険にさらされた。このとき周泰は、人に倍する勇気を持って味方を鼓舞し、全身に12ヶ所の傷を負いながらも、身を挺して孫権を護りきった。しばらく人事不省な状態に陥ったが、孫策から感謝され、回復後に春穀の県長に任命された。
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