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ティトゥス・クィンクティウス・フラミニヌス(前228~前174)

第二次マケドニア戦争
執政官として軍団指揮権を保持した彼はプブリウス・スルピキウス・ガルバ・マクシムスの後継としてアンティゴノス朝との第二次マケドニア戦争に従軍、マケドニア王ピリッポス5世を追撃し、アオウスの戦いで勝利した。しかしながら戦役の最中に彼の執政官の任期が切れ掛かっていたために休戦交渉を始め、この休戦期間を利用して彼は前執政官に就任、戦争を継続し、紀元前197年にキュノスケファライの戦いでマケドニアを破った。この戦いでローマで生まれた軍制であるレギオはギリシャ古来の軍制ファランクスよりも優れていることが証明された。ピリッポス5世はローマに降伏、彼が攻め落としたすべての都市を放棄することとさらに1,000タレントゥムの賠償金をローマに支払う約束をさせられた。このローマが下した判断は、しかしながら、マケドニアを敵視していたアカイア同盟には不満であった。紀元前196年にはフラミニヌスはコリントスの運動競技会に出席、ここでマケドニアからのギリシャの解放を宣言する。フラミニヌスはギリシャ語に堪能で、またギリシャ文化の信奉者であったため、ギリシャ人は彼を解放者として一部の都市では神と崇められるまでに褒め称え、横顔を刻印した硬貨を発行するほどであった。

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ベルンハルト・リーマン(1826~1866)

リーマン面 数学、特に複素解析においてリーマン面とは、連結な複素1次元の複素多様体のことである。ベルンハルト・リーマンにちなんで名付けられた。リーマン面は、複素平面を変形したものと考えられる。各点の近くで局所的には、複素平面の部分に似ているが、大域的位相は大きく異なり得る。例えば、球面、トーラス、または互いに糊付けした二枚の面のように見え得る。

エイブラハム・ダービー1世(1678~1717)

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度会家行(1256~1351)

伊勢神道 鎌倉時代末期に、それまでの両部神道や山王神道などの本地垂迹説とは逆に、反本地垂迹説が勃興するようになり、その影響で、伊勢神宮の外宮の神官である度会家行によって、伊勢神道が唱えられた。伊勢神道は、『神道五部書』を根本経典とする。また、儒教・道教思想の要素も含まれた最初の神道理論とされる。伊勢神道は、元寇により日本が神国であると再認識し、日本における唯一絶対の宗教は神道であるとする勢力から支持され発展した。日本書紀によると、倭姫命は11代垂仁天皇の皇女で、天照大神の御杖代として各地を巡行し、伊勢の地で神宮を創祀した。「神道五部書」と呼ばれる伊勢神道の根本史料の一つ『倭姫命世記』に、度会郡を中心とする倭姫命の足跡が数多く記されている。