会昌の廃仏~仏教弾圧の背景~
背景には武宗が道教を篤く信仰していたことと、当時の寺院の中に腐敗堕落したものがあったことなどもあるが、財政難に苦しむ唐王朝が寺院の財産を没収し、税収を増加させようとしたねらいもあった。事実、この時破壊された寺院の荘園などの財産は国家に没収され、還俗僧と解放された奴婢は一般農民に編入され両税法の負担戸とされた。また没収された仏具は銅銭と農具の材料に回された。このようにこの廃仏は経済的な理由によるものであり、仏教そのものが否定されたわけではなく、長安と洛陽にはそれぞれ4寺院、各州に1寺院は残された。それにしても仏教にとっては大打撃であり、これにより鎮護国家仏教の時代は終わったと言える。
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