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ピピン2世(640~714)

テルトリーの戦い
681年にピピン2世はネウストリア宮宰ワラトーとの争いを終わらせ和平を結んでいたが、ワラトーの死後彼の後継者ベルカルが抗争を再燃させた。ベルカルとテウデリク3世は687年にアウストラシアに侵攻したが、テルトリーの戦いで今度はピピン2世に惨敗した。ピピン2世はベルカルを宮廷から追放し、腹心のノルデベルトと共にネウストリアとブルグンディアの宮宰となった。テウデリク3世は、ピピン2世をアウストラシア、ネウストリア、ブルグンディア3国の宮宰かつ事実上の統治者として認めさせられた。

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