三十年戦争
ハプスブルク家は王領ハンガリーに対抗宗教改革を導入することに成功しつつあり、同地域に住むプロテスタント達の財産を没収するようになり、ベトレンはプロテスタント信仰の自由を守ることに非常に敏感であった。また、ハプスブルク政府は、かつてボチュカイ・イシュトヴァーンが起こした反乱を終わらせるために結んだウィーンの和約での取り決めを無視するようになり、1615年にベトレンと交わした秘密協定をも無視してトルコとの和平を延長させ、ベトレンと敵対する上部ハンガリーの太守ドルジェト・ジェルジと同盟を結ぶに至っていた。こうしたことが、ベトレンの出兵につながったといえる。
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