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矢田堀鴻(1829~1887)

幕府海軍エリートの挫折
1862年は、幕府外交において多難な年だった。坂下門外の変、生麦事件が起こり、国内に攘夷感情が沸騰する中、イギリスをはじめとする諸外国との折衝は困難をきわめる。生まれたばかりの幕府海軍は、艦船とそれを運用する人員の不足に苦闘しつつ、目前の課題に対応する必用があった。前年から引き続いた小笠原諸島の開発、船舶安全運航のための沿岸測量などに従事する一方、この年、榎本武揚をはじめとする士官級から水夫までを、オランダ留学に送り出した。さらにこの年の暮れから翌年にかけては、将軍後見職となった一橋慶喜が上洛し、生麦事件賠償問題での緊急連絡や、イギリスとの対応に、数少ない幕府軍艦は度重なる出動を求められ、矢田堀は多忙をきわめた。

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ベルンハルト・リーマン(1826~1866)

リーマン面 数学、特に複素解析においてリーマン面とは、連結な複素1次元の複素多様体のことである。ベルンハルト・リーマンにちなんで名付けられた。リーマン面は、複素平面を変形したものと考えられる。各点の近くで局所的には、複素平面の部分に似ているが、大域的位相は大きく異なり得る。例えば、球面、トーラス、または互いに糊付けした二枚の面のように見え得る。

リー・ハーライン(1907~1969)

星に願いを 輝く星に心の夢を祈ればいつか叶うでしょうきらきら星は不思議な力あなたの夢を満たすでしょう人は誰もひとり哀しい夜を過ごしてる星に祈れば淋しい日々を光照らしてくれるでしょう

和島誠一(1909~1971)

和島誠一賞 文化財保存全国協議会が2000年に制定した和島誠一賞は、文化財の保護や活用・普及に貢献した個人および団体を表彰している。第1回受賞者・受賞団体は直木孝次郎と大分県文化財保存協議会。