出生から博徒時代
勝蔵は甲斐国外の駿河・伊豆・伊勢の博徒とも関係を深め、駿河の宮島年蔵や伊豆の赤鬼金平・大場久八、伊勢の丹波屋伝兵衛と同盟を結んでいる。1861年10月、東海道の菊川宿において、駿河の博徒・清水次郎長と伊豆下田の赤鬼金平の手打ち式が行われる。勝蔵はこの手打ち式に金平派として出席しており、このとき次郎長とも対面している。1862年には、竹居安五郎が関東取締出役道案内の国分三蔵により捕縛され獄死する。勝蔵は安五郎の手下を黒駒一家としてまとめ、上黒駒村戸倉を拠点に甲州博徒の大親分として勇名を関八州に轟かせた。
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