サマルカンド使節団
マドリードの貴族であり国王の侍従であったクラビホはティムール朝の使節団長であったムハンマド・アル=カーズィー、ドミニカの修道士アルフォンソ・パエス・デ・サンタ・マリーア、近衛兵の一人ゴメス・デ・サラサールその他のカスティーリャ人とともに、1403年5月21日にカディスを出航した。クラビホ一行は地中海を航海し、マヨルカ島、シチリア、ロドス島を通ってコンスタンティノープルに到着した。以降、現代の国家や都市名に従うと、クラビホは黒海を通過してトルコのトラブゾンに到着、陸路でアルメニア、イラン、トルクメニスタンを通過してウズベキスタンに到着した。彼は1404年にペルシアのテヘランを訪れている。本来の目的は冬の遊牧期間中に現代のグルジアでティムールに謁見することであったが、悪天候と船の難破により、使節団はコンスタンティノープルまで引き返すことを強いられ、1403年~1404年の冬の期間をコンスタンティノープルで過ごすこととなった。

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