ニューカッスル公内閣北部担当大臣
1761年3月になると、ビュート伯は国王の後押しを受けてニューカッスル公内閣に北部担当国務大臣として入閣した。しかしスコットランド貴族のビュート伯は、この時点では上下両院のいずれにも議席を持っておらず、議会の議員を大臣に任命するという長年の慣行が破られた形での任命となった。また当時、七年戦争は重大な局面を迎えており、このような時期に国王側近を閣内に送り込むのは閣内不一致の原因になりかねないと憂慮されていた。そのため彼の登用には当初より批判が多かった。なお、議席の問題については同年のうちに貴族代表議員に選出されて、貴族院の議席を得ることで対応している。
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