三頭政治体制との対決
紀元前61年、シリア・パレスチナ等をローマの属州としたグナエウス・ポンペイウスは、凱旋式をローマで行う為に、執政官の選挙を凱旋式終了まで延期するように元老院へ依頼した。元老院の一部に認める動きがあったものの、カトはこれに反対して、ポンペイウスの提案は認められなかった。ポンペイウスは関係作りのために自身より遥かに若輩であったカトの娘を自らの妻へ迎えたいと申し込んだが、カトはこれに一切取り合わなかった為、ポンペイウスは人気を落とした。これらの仕打ちによってポンペイウスは元老院への不満を持つこととなった。
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