水野文相優諚問題
ところが、3日後に行われた望月・久原の親任式直後に水野から昭和天皇からの優諚を受けて辞表を撤回したとの声明を出したのである。ところがこれに対して立憲民政党と貴族院は、田中首相と水野文相が水野の辞表を丸く収めるために天皇の発言を政治的に利用していると非難の声を上げ、世論も激しく反発した。これに対して政府は水野文相が優諚を受けたのは辞表撤回の後であり、天皇の意向で辞表を撤回したわけではないと弁明して事態の沈静化を図ったが、非難は激しさを増すばかりであり、5月25日に水野文相は文部大臣を辞任した。
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