藤原定子の生涯
定子の母貴子は円融朝に掌侍を勤めて高内侍と称された人で、女ながらに漢文を能くし、殿上の詩宴にも招かれるほどであった。また、定子の父道隆は、「猿楽言」を好み酒を愛した陽気な性格の人だという。こうした父母の血を享けて、定子は聡明な資質を持ち、和漢の才に通暁したばかりではなく、明朗快活な性格に育ったらしい。994年頃から定子の死去まで彼女に仕えた女房・清少納言が著した随筆『枕草子』は、生き生きとした筆致で、彼女の外面的・人格的両面の類稀な魅力を今日に伝えている。従弟にあたる夫・一条天皇との仲も良好で、機知を愛した風雅を重んじる一条朝の宮廷の風潮が見られた。
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