アメリカ独立戦争~ワックスホーの戦い~
1780年5月29日、タールトンは150騎の騎馬隊を引き連れ、エイブラハム・ビュフォード率いるバージニア地域大陸軍の350名なし380名の分遣隊に追いついた。ビュフォードは降伏を拒み、行軍を続けようとした。しかし多くの犠牲者を出したビュフォードは降伏を告げた。その直後に起こったことは今でも議論の種になっている。アメリカ側の証言では、タールトンが白旗を無視して捕虜を慈悲も無く虐殺したことになっている。結局113名の大陸軍兵が殺され、203名が捕虜になった。捕虜のうちの150名は重傷を負っており、その場に残さざるを得なくなった。タールトン部隊の損失は5名が戦死、12名が負傷だった。イギリス軍はこの事件を「ワックスホー・クリークの戦い」と呼び、一方アメリカ側は「ビュフォード虐殺」あるいは「ワックスホーの虐殺」と呼んだ。

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