ヨガイラとの衝突
1382年9月10日、ヴワディスワフの庇護者であったハンガリー王兼ポーランド王ラヨシュ1世が崩御した。ヴワディスワフは最初は亡き王の娘達を推していたものの、やがて自らポーランド王位の後継候補に名乗りを挙げた。しかしポーランド貴族達は彼を支持せず、ラヨシュ1世の末娘ヤドヴィガを即位させた上で、彼女にドイツ人の許婚との婚約を破棄させた。ヤドヴィガの夫という形で、プウォツク公シェモヴィト4世をポーランド王にしようと考えたのである。その後、シェモヴィト4世に代わってリトアニア大公ヨガイラが王に選ばれた。
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