スキップしてメイン コンテンツに移動

元田永孚(1818~1891)

親政運動の推進
天皇の教育は漢学を重視して『論語』『日本外史』を進講し君徳培養に努め、1872年に太政大臣三条実美に宛てた手紙で儒教による天皇の精神的成長を願う反面、文明開化を批判的に見ていた。また宮中と府中の分離も気に食わず、両者一体となり天皇の輔導に尽くすべきと主張、名実共に天皇を頂点とした政治体制を主張し始めた。その後は侍講となり1877年に侍補も兼務し、共に侍補となった吉井友実・土方久元や、翌1878年3月に新たに加わった佐々木高行と共に天皇の輔導を更に推し進めていく。

コメント