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光格天皇(1771~1840)

尊号一件
第119代光格天皇は典仁親王の子であったが、後桃園天皇が崩御したときに皇子がいなかったためにその養子となって即位したことにより、父よりも位が上になってしまった。しかも禁中並公家諸法度における親王の序列が摂関家よりも下であり、天皇の父が臣下である摂関家を目上としなければならないことに対しても天皇は不満を抱いた。だが、禁中並公家諸法度は江戸幕府にとっては初代徳川家康が定めた祖法であり、その改正は幕府そのものの尊厳を傷つけるものとして拒絶してくることは目に見えて明らかであった。そこで光格天皇は実父典仁親王は対して太上天皇の尊号を贈ろうとした。

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