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北条氏綱(1487~1541)

領国支配
氏綱の時代に後北条氏の支城体制が確立しており、小田原城を本城に伊豆国の韮山城、相模国の玉縄城、三崎城、武蔵国の小机城、江戸城、河越城が支城となり各々領域支配の拠点となった。支城には伊豆入部以来の重臣や一門が置かれたが、このうち玉縄城主となった三男・為昌は後に河越城主も兼ねて広大な領域を管轄しており、氏綱の晩年には嫡男・氏康に匹敵する重要な地位を占めるようになっていた。

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