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広田弘毅(1878~1948)

近衛内閣外相
辞職後しばらくは鵠沼の別荘で恩給生活を送る。5月31日には貴族院の勅選議員となった。6月4日に近衛文麿を首相とする第一次近衛内閣が成立すると、近衛の要請で外務大臣となった。しかし組閣後間もない7月7日に盧溝橋事件が勃発し、中華民国との間で戦闘状態が発生した。当初、広田は不拡大方針を主張し、現地交渉による解決を目指した。南京駐在の参事官・日高信六郎を通して国民政府外交部長・王寵恵に対し次のように要求させた。

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