スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

1月, 2026の投稿を表示しています

安倍泰親(1110~1183)

指御子 泰親は占術や天文密奏の分野において優れた才能を発揮するなど当代屈指の陰陽師となり、鳥羽法皇・後白河法皇の治天の君に仕えて後白河法皇のために毎月の泰山府君祭を行い、藤原頼長・兼実からも信頼されて摂関家にも奉仕した。頼長・兼実の日記である『台記』・『玉葉』には泰親がしばしば登場し、頼長は陰陽書によれば占いにおいて10のうち7当たれば「神」と称されるが、泰親は10のうち7・8を的中させ他人には真似が出来ないこと、占道は未だに地に墜ちず人が存在する、と泰親を高く評価している。日記・説話集・軍記物などにおいて、泰親に関する逸話が多く伝えられており、1148年の内裏火災や1172年の斎宮惇子内親王の急逝、1179年の政変、1180年の以仁王の挙兵などを予言したとされている。『平家物語』・『源平盛衰記』には泰親を「指御子」と称している。また、泰親の日記の一部が現存しており、泰親および天文博士を継いだ次男業俊による天文異変の記録とその解釈、天文密奏の内容などが書きとめられており、当時の天文道の内容を知ることができる。

ウィンター兄弟(兄1568~1606、弟1571~1606)

火薬陰謀事件~計画準備とロバートの加入~ 一味は計画のためにロンドン市内のプリンス・チェンバーにもほど近い不動産を借りた。この場所はテムズ川を挟んで対岸にケイツビーが所有するランデスのアジトがあり、ここから火薬や物資を川を渡って密かに運び入れた。後の当局の発表によれば、この拠点では貴族院地下に向かってトンネルを掘り始めたが、その後、直接貴族院地下室を借りることができたためにトンネル計画は放棄されたという。